2018年04月20日

母の思い出(4)【「アプレゲール」戦後世代になっちゃった、戦前生まれ:その1】

こんにちは!
えどけいしょん小僧です。
めっきり春になって・・と思ったら、初夏のような気候になったり。
気候も時代もちょいと激動期、なんでしょうか(笑)
霧島山系の噴火も気になります。
大分の痛ましい土砂崩れの現場、まだ見つからぬ方々・・・。
2018年は地面の下も更に注意が必要かもしれません。

久々の「母の思い出」です。
もう4年になるんですね。「死者は日々に疎し」とはよく言ったものだと思います。
母の姉(叔母)も、2月末にあちらに旅立ちました。
いまごろあちらで、どんな話をしているのやら・・・・・。

昭和12年生まれはちょうど「火垂るの墓」の世代。
戦中の生活を小さな眼で見つめ、戦後の混乱期を生き抜いた「バリバリ戦中世代」なのですが、
「アプレゲール」もしくは「アプレ」と呼ばれ戦後世代扱いだったそうです。
フランスで第一次大戦後に「戦後生まれ世代」を指した様ですが、わが国では昭和20年代後半からよく使われた様です。それが非常に嫌だったそうな。

当時、親(祖父)が戦後の混乱期に三菱銀行を退職し、それまでの優雅な生活から一変。
独立したてで非常に苦しかった様です。
祖父が46〜7の時ですから、なんと今の私と同じです(苦笑)
当時の状況にプラスされるのですから、現代では想像もできない状況でしょう。

転勤先の福岡から東京に戻り、焼け野原の地元日本橋当たりでの生活だったようです。
新制小学校6年生三学期、たった3か月の鉄砲洲小学校(現在の中央区立中央小学校)
それこそ、火垂るの墓をみて自分事の様にいろいろと当時の生活を語っていました。
描かれている時代の雰囲気、自分中心の大人たちやほったらかしの子供たちなど、そのままだったようです。
浮浪児・行倒れ・かっぱらいなど、生きていくので必死の世の中。
今からでは想像もつきません。

また、今までは「欲しがりません勝つまでは!」「一億総玉砕!」の大人たちが、一夜にして「ぜいたくは素敵だ!」に早変わりしたのですから、上の世代や権威に対する不信感は極大。

宮崎駿が「未来少年コナン」で描いたモンスリーの回想「大人たちが勝手に始めた戦争で・・・」と激白するシーンは、オンタイムで見ていた小学生の私には衝撃的でした。日頃の母と重なっていたからです。
私がこの辺のクリエイターにビビッと来るものが多いのは、火垂るの墓の原作者野坂昭如は昭和5年、監督の高畑勲は昭和10年、そして宮崎駿は昭和16年と母の同世代だったからなんでしょうね。

次回は「アプレゲール」も含め、更に言及していきます。

えどけいしょん小僧でした。

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posted by えどけいしょん小僧 at 10:00| Comment(0) | 日記
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