2018年01月19日

母の思い出 (3) 【 昭和12年気質 】

前回の引続き・・・・
ちょいとあいちゃいましたが。

 元気な頃の母は、病気知らずの医者嫌い。昭和12年気質か全く人の言う事を聞かず、権威が大嫌いな 「 天上天下唯我独尊 」タイプの母でした。

 私は、製薬メーカーに転職してそれなりに疾病や治療について勉強していましたので、多少なりとは母の状態がわかりました。また、実家(現在は創業した一般社団法人の本社)のある練馬区も、駆け出しMR時代の担当先だったものですから、仲良しで素晴らしい腕を持つ先生方も沢山いらっしゃいます。だから、ついつい

「 それだったら、あの先生のところで大腸内視鏡を見てもらった方がいいよ。 」

とか、

「 通院するならば紹介するよ! 」

とか、仲が悪いなりにいろいろと忠告したりしていたのです。
 しかし、それがいけなかったのかなぁ ( 苦笑 )

「 うるさい。医者なら自分で決めていくから。 」

 で、行った先が神経内科!!
 そりゃあないでしょう!? 
 母は 「 切れ痔 」 の診断結果に満足してましたが。嗚呼・・・・・

 なんだかんだ病気治療の事も含め、私も江戸っ子の末裔、様々な些細な事まで気になっちゃう性質なもんですから、ついうっかり余計な事まで言ってしまって、しょっちゅう電話越しで大喧嘩でした。

 しかしそれは、母の生きた時代が作り出した 「 性格 」 のかもしれません。
 
 それまで純粋に信じてきた 「 神国日本 」 が負けるはずもない、鬼畜米英で徹底的に教育されてきたのが、敗戦という日本が始まって以来の 『 パラダイムシフト 』 
 一夜にして、学校の先生たちが

「 今までは軍部の指導で間違いだった。アメリカ万歳、民主主義万歳、今までの教育余くたばれ! 」

 教科書に墨塗り指示を出したのです。
 母曰く、夏休みに入るその日まで事あるごとに

「 そんな姿勢では非国民だっ! 」

「 恐れ多くも ( 全員起立・直立不動・最敬礼 ) 天皇陛下にあられましては・・・ 」

 その掛け声の際につい 「 へま 」 こいて、びびビビビッ ( 母の原文ママ ) と女の子でもビンタを食らっていたそうです。そのおんなじ教師が、180度の大転換!!
 いきなり 『 先生 』 がみんな揃って民主主義教師になっていったのです。
 
 そりゃあ、権威なんて全く信じられなくなります。ましてやその後の二十代前半まで、戦後の苦しい時代が続いたです。自分だけが頼りになっていくのも、今ならよく判ります。

 そんな昭和12年気質、うちの父も ( 苦笑 )

未了
当時を思い出しながら、こんな感じでした・・・と、大いに反省ですね。
この項続きます
  えどけいしょん小僧

posted by えどけいしょん小僧 at 09:43| Comment(0) | 想い出
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